カテゴリ

カテゴリ:歴史の時間

虎哉和尚の名刹を訪ねて

カテゴリ:
資福寺仙台市青葉区北山「資福寺」
先日他界した大滝秀治さん…が気になって、その役を演じられた虎哉和尚の所縁を訪ねてきた。

まだ伊達家が米沢にあった時代、幼少“梵天丸”の教育係として虎哉宗乙を招いて住持した寺である。
政宗が岩出山〜仙台と領地を変える度に移転して、現在の地に納まった。

ひっそりとした空間。
境内を散策している間、誰一人とも遭遇せず。
竹やぶや木々、鳥の鳴く声がこだまする。

“あじさい寺”として有名なせいか、至るところにあじさいが植わっている。
今はもう、終わってしまって茶色く枯れた花が残っているだけだが、このボリュームはやはりその季節に訪れると圧巻なのだろう。
来年は“あじさい寺”を見てみたいものだ。

青葉神社

カテゴリ:
PA081212仙台の繁華街 “国分町通”を真っ直ぐ北に向かって“通町”を抜けた真正面…北山の丘陵にある青葉神社
一歩手前のラーメン屋「おっぺしゃん」には何回か行ってるのだが、神社まで行ったのは今回が初めて。

毎年5月の新緑の季節に行われる「仙台青葉まつり」本まつりで担がれるお神輿はここがスタート。
あの石段を担いで降りてくるのか…(^^;)

ここの神社の神様は “伊達政宗”
まさに青葉まつりは政宗の殿を称える年祭として行われてるんですな。

よく間違われるのは仙台城本丸にある護国神社には殿はいらっしゃいませんからねw
殿に手を合わせるんだったら瑞鳳殿青葉神社ってことになりますな。

PA081231仙台には「仙台六芒星」という話があって、市内の6つの社殿の配置が星型(六芒星)をしているんだす。
青葉神社・仙台城本丸・榴岡天満宮・大崎八幡宮・愛宕神社・仙台東照宮の6つ。
詳しい話は割愛するが、要するにその六芒星のひとつである青葉神社には来たことがない…ってんで訪れてみた。
意外と社殿や社務所なんかもしっかりしていて氏子の人達頑張ってるな…って感じ。
政宗の殿をないがしろにしてはイカン!…っていう仙台市民の気概の現れだろか。
至るところにノボリが立ってるのはあんまり景観上好きじゃないんだけど…。

この辺の北山って地区も“北山五山”って藩政時代からのお寺が軒並みな場所。
また時間があったら散策してみたいですな。



ブラキムラ〜古地図で仙台を歩こう1

カテゴリ:
ブラキムラ_1_121006センダイ座企画
「ブラキムラ〜古地図で仙台を歩こう 其の一」
に参加してきた。
仙台市文化財課の木村浩二氏を講師に迎え、仙台市中心部から大橋の西側仙台城三の丸付近まで約2時間掛けての古地図さんぽ。
普段何気なく歩いている現代の街を旧町名・史跡を辿りながら現代に残る“いにしえの仙臺”をひもとく。

長年仙台の歴史を研究してこられた木村先生の話は重く、そしてとんでもなく楽しい。
意外と高低差のある仙台市内だったり道幅が細くなったり太くなったり、はたまたどうして直線道路じゃなく鍵型に交差しているのか…など、ちょっとした痕跡や歴史的な事実から解明されてるその理由を聴くと、まさに藩政時代の仙台へと想像のビジュアルが飛ぶ。
仙台は古い史跡や建物を保存しない傾向にある街…って印象がある。
たしかに保存よりも取り壊しする率は多いのかもしれないけど、それでもいろんな痕跡はまだそこかしこにいっぱい見ることができる。
あからさまに残っている寺社仏閣や史跡もさることながら、一見何の変哲もない石の壁だったり道路の曲がりにしっかり歴史が残っている。

それを考えると“城趾”となってしまったかに見える仙台城こそ歴史の宝庫かもしれない。
見える歴史だけじゃなく、その痕跡から想いを馳せ学び取る歴史こそ本当の醍醐味だったりする。

古地図を頼りに街をぶらつく・・・
いやはやこんなに楽しいもんだとは(笑)


ブラキムラ_2_121006P.S
これもまたぜんぜん気が付かなかった話。
大橋の真上から広瀬川を覗きこむと水中に円形の穴が数カ所見ることができる。
実はこの穴・・・

現在の大橋ができる以前、藩政時代に架かっていた大橋の橋脚が建っていた跡なんだそうな。
今の大橋より上流側にズレていたんですな。
宝物を発見した気分だわ♪

馬上少年過

カテゴリ:
IMG_0003仙台市博物館所蔵の「伊達政宗肖像画」である。
この肖像画の左上に書かれた漢詩
馬上少年過
世平白髪多
残軀天所赦
不楽是如何


以前も何回か記事にしているのだが…。

個人的にはこの漢詩の意味するところは大好きである。

馬に乗って戦場を駆け巡っていた若い時代は過ぎ去ってしまった。
世の中が平和になって私もすっかり白髪が多くなってしまった。
天が許してくれた老い先短いこの身体(人生)。
楽しまないでどうするのか。


長い人生を生かされてきて、自分の老いを確信した戦国武将の晩年の想いと、直接的には表現してはいないけど人の人たる所以を表した素晴らしい漢詩だと思う。

政宗は晩年、「人間というのはこの世にお客さんで来てるんだからもっと楽しもうじゃないか♪ 」ということも言っている。
年食って人生を悟ってくるとそういうことが自然に理解できるようになるんだろうか。

要するに人間ってのは本質は肉体ではなく魂こそがその本質である…と。
この世に住まうため楽しむためにその体を神仏から借りて生活しているのであって、神様から借りているもの故、それは大事に使いましょうよ…と言うことだ。
本来人間はこの世に楽しむために来ているんだから陽気でなくてでどうするか。
暗く沈んだ心の持ち方をしてると、本来の目的と違うために心(魂)と体が不調を訴え病気になる。
“病は気から”と言われる所以である。

人間は死のうと思ってもそう簡単に死ねるわけでもない。
生まれようと思っても自分の意志で生まれてくるわけでもない。
すべて神仏の赦しがあってのことだ。
お前はまだこの世でやることがあるんだよ…というご意志の元で生かされてるとすれば、こりゃもう楽しまない手はない!

そういうことを政宗の殿は悟ったんだね。
亡くなって376年。
魂が永遠…だとすれば最早誰かに生まれ変わっていたりするのだろうか?
σ(゚∀゚ )オレ…か?爆

秋(?)の夜長にそんなことを思ってみた。

辻標巡り

カテゴリ:
P8180943午前中、朝ご飯食べて昨日新品交換なったiPhoneのセッティングをやっているといつの間にか寝堕ち(笑)
目が覚めたのは12:00頃・・・
思いっきり午前中を棒に振ってしまった(^^;)
家にいても面白くないので午後から仙台市博物館に行って見ることにした。

広瀬川の大橋越えて国際センター前まで来ると博物館方面が渋滞。
なに?なんで渋滞?インカ帝国見に来たんだべか?

その渋滞をみた瞬間に予定変更。
辻標巡りに切り替えた(笑)
と、とりあえず県美術館に避難。行動を練り直しだ。

持ってた辻標マップで周辺を検索すると、城下に近いためそこそこ辻標が建っている。
近場を周ってみよう…とセレクトしたのが、
川内大工町…仙台二高の脇
行人坂…旧仙商前から東北大・宮教大に登る入口
川内亀岡町…東北大敷地の西端
牛越橋…牛越橋のたもと(三居沢側)
琵琶首町…花壇
片平町…片平町から花壇に下りる坂道
瑞鳳寺前丁…瑞鳳殿の入口

ホントは車置いて周ってみようと思ったのだが、気温は昨日と比べると低いんだけど思ったより湿度が高く、少し歩くとブワッっと吹き出す汗。
たまらん・・・・(~_~;A
機動的じゃないけど車で移動することにした。

上記、一通り周ってみたんだけど、青葉山周辺は地下鉄東西線の工事で辻標そのものが一時撤去されていた。
これは工事終了後じゃないと周れませんな。

これで周ってみたのが全部で11ヶ所。
残り77ヶ所…ガンバリます(笑)

ジオラマ

カテゴリ:
芭蕉の辻「梅ちゃん先生」のオープニングじゃありません(笑)
東北歴史博物館の総合展示室。
常設で展示されている仙台城下の街並みジオラマです。
ここは「芭蕉の辻」
奥に仙台藩の高札(公設掲示板)が見え、その向こう側が大町。
大町を抜けて広瀬川に架かる大橋を通って仙台城大手門に至ります。

ジオラマ模型全体は意外と大きなボリュームで、タタミ3畳くらいはあるかな…
結構気合入れ手作ったジオラマと推察されます(笑)

当時の街並みや風景って幕末より以前は写真が存在しないので、当時の資料や絵図面に表現された外観からしか判断できないので、その詳細な資料集めから苦労する。
こういうものを作る人って…自分もそうなんだけど、きっちりした資料がないと落ち着かない性格と思われ…(笑)
大雑把なところより見えないところやどうでもいいところのディテールに拘ってみたりするものだ。
写真見るとわかるけど鬼瓦の“龍”なんかは当時の絵にはちゃんと表現されてんだわ。
ま、“博物館”がウソのビジュアルじゃあかんもんね(笑)

昭和な住宅のScale=1/1もあったり、意外と楽しめる。
夏休みの特別企画もやってるらしいんでお盆休み辺り行ってみるのもいいかも♪

辻標

カテゴリ:
IMG_0022先月のセンダイ座オープニングイベント「古地図で愉しむ仙臺/木村浩二先生」のお話の際に聞いたこと。
“仙台市が市政88周年記念事業として、城下町・仙台の由緒ある町名や通名後世に伝えていくために、市内88ヶ所に辻標を設置した。”

四国のお遍路さんじゃないけど88ヶ所廻ってみねばなるまい。
普段、街中歩いていてもまず興味がなければ目にも留めないだろうなw
ちょっとした住宅街や繁華街の角にポツンと建ってるんだもの。
市の教育委員会では仙台市文化財パンフレットとして辻標設置場所(マップ付)を発行している。
まずはこれを手に入れてきたd(^_^o)

夏場は厳しいな…(笑)
ポツポツと廻り始めて本格的には涼しくなってからってことで♪


富岡製糸工場

カテゴリ:
out_01その名前を初めて聞いたのは小学校か中学校の歴史の時間だったろうか。
明治に入ってからの近代化の象徴とされる日本国内初の本格的な西洋技術を導入した大規模工場。
その「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産へ推薦されたんだそうな。

恥ずかしながら「富岡製糸工場」ってのは今なお残っているとは知らなかった。
ここ数日、度々ニュースで話題になって随分久しぶりにその名を聞いた。
歴史で習って以来のような気がする。
ニュースだから当然それと同時に映像も映るわけで、見れば大層な建物が残っている。
カルチャーショック・・・(^^;)
ホント(残ってるなんて)なんにも知らなかったことにちと情けなさも感じる始末(笑)

日本式の木造の柱と梁。
その間を西洋式のレンガ造。
その上にはこれまた日本式の屋根瓦。
コ字型に組まれたその建物は1辺が120mもある大きな建物だ。
明治のあの当時はそれこそ大変な建物だったに違いない。

こういうのは、太平洋戦争や空襲、あるいは地震の惨禍から逃れてきた運もあるけど、地元の官民一体で保存してきた成果の表れ。
年代が古いだけに、あっちこっち手を加え修理保存するのは金と人と時間も掛かって大変なことだけど、それをやってきた努力は確実に未来へ引き継がれる。
邪魔だからとか保存するのが大変だからだとか、何でもかんでもスクラップしちゃえばいいってもんじゃない。
今回の震災と同じで、語り継ぐことによって子孫が過去を理解し、教訓だったり知恵として活用できるのだから。
それ相応の年代を経てきたものには敬意を払いできるだけ維持していかなくちゃならんと思うな。

世界遺産と言えば、平泉にもしばらくぶりに行ってみないと…(笑)



寛文事件

カテゴリ:
どうだろ…?
「寛文事件」と聴いてそれがどういう事件だったのか知ってる人ってあんまりいないんじゃないかと思う。
「仙台藩のお家騒動」とか「樅ノ木は残った」ってなると聞いたことはあるって人はいるかもね。

IMG_1599GW最終日。
仙台市博物館で6月10日まで開催している企画展、
「仙台の御家騒動『寛文事件』を追いかけろ!」
を見てきた。

歴史の学者さんだとか地元史家、「樅ノ木は残った」のファンとかよっぽど歴史に通じてる人でないと恐らくこの事件はどんなもんだったのかは判りづらいと思う。
しかも今に至ってもその真相がはっきりしていないんだから尚更だ(笑)


企画展では事件の背景になりうる直前の藩の体制・人物相関など、資料を元に詳しく説明・展示してあるので非常に判り易い。
後は登場人物をいかに把握するだけだ。

事件そのものは、幕府大老酒井雅楽頭邸で藩の至らぬ所を“裁定中”に仙台藩奉行の“原田甲斐”が伊達一門の“伊達安芸”をぶった斬ってしまった刃傷事件なのだが、“イイモノ・ワルモノ”が双方の言い分や解釈によって双方まちまちになってしまってる。
つまり言いたいことを言い合って埒があかない状態なのだ。
もうちょっとで仙台藩自体がお取り潰しになりかねないほどの大事件だったのだが、それほどの事件なのにかかわらず結局は誰が藩に取って忠臣だったのかが明白になってない。
企画展でも“結論”は出さないで閉めているのが憎いところだ(笑)

ただ、モヤの中だった「寛文事件」がオラ的にはようやっと見えてきたかな…って感じだ。
戦国や幕末のように時代的にはなかなか興味の沸かない時代のできごとである。
興味を持てたってことに関してはこの企画はいいキッカケを与えてくれたかなって♪

「樅の木は残った」・・・読んでみようかなw


登城

カテゴリ:
仙台市博物館 友の会更新を兼ねてお城に行って来た。
久々に本丸まで行ってみようと思い、今回は初の試み…大手門経由で本丸まで徒歩で登城してみる。

仙台城仙台城石垣。
ここの直上に櫓を復元する…って話はどうなったんだろ?
史実的には現存するこの石垣と同ヅラで櫓が建っていた次期はなく、この石垣から1m以上セットバックした古い石垣の面に建っていたらしい。
要するに、この石垣の上に再建すると見た目はかなり引っ込んだところに櫓が建ってしまうので、賛否両論になってしまったのだ。

見た目を重視して史実と違う櫓を建造するか。
史実通りあった場所に再建するか。

そんな揉め事があってから数年経つんだけど、いつの間にかニュースにもならなくなり、その後はどうなったのか一切聞こえてこなくなってしまった。
とは言っても、3.11の震災であっちこっちの石垣が崩れたり城内にダメージを食らったりしたので、櫓や城郭復元の話より現状の修復に話がすり変わってしまった感だ。

大手門脇櫓から本丸に向けてはかなりの急坂。
いっつもクルマで駐車場まで行っていたのでその勾配を初めて体感した。

かなりキツい…(><;)
これじゃ政宗の殿が晩年お城に登るのが辛く、若林に隠居所を造った…ってのも理解できる。
オラだったら晩年じゃなくても山の上には住めんです(^^;)
馬もかなりやんだぐなってたんでねぇべか(爆)
泰平の世の中になってからの山城はあんまり意味がなく、2代忠宗の時代からは麓に二の丸・三の丸を作ってそちらをメインに使っていたという。

それにしても、昔のお侍さんたちはエラいっすな♪
毎日、あの坂道を登城してたのかと思うとホント素晴らしい!
現代人よりはかなり体力あったんだろね。

帰りは途中から三の丸(仙台市博物館)側方面にショートカット。
その道もかなりの勾配。
下りなんで楽なことは楽だけど、途中“横倉の壁”並の下りもある。
ってことは、登りはどうする?…って感じでw
雨降った時、あの坂道登れたんだろか?

仙台城登城。
是非に登ってみてくだされ・・・
酸素スプレー持参でwww

昭和の仙台

カテゴリ:
2日連続で昭和ネタ(笑)
宮城野区榴岡公園にある仙台市歴史民俗資料館に行って来た。
特別展「昭和の仙台〜街とくらし」が開催中だ。

IMG_1148「ALWAYS三丁目の夕日」昭和な東京に対してこちらはタイトル通りの昭和な仙台。
あの頃オラたちが使っていた家電から暮らしの風景や学校の教科書など昔懐かしいアイテムがいっぱいだ。
洗濯機のローラーにいろんなモノ挟めて回してみたり、炊飯器の湯気で火傷してみたり、試しに…と電気屋が持ってきた市販されたばっかりの電子レンジだったり…。
机の上にあった電気鉛筆削りもあった。

とにかくそういう当時の生活を再現した企画だけに否が応でも魂はあの頃にタイムスリップする。
ちょうどオラたちが生まれた30年代後半から40年代は景気が右肩上がり。
生活がどんどん変わっていった時代でもあった。
子供ゆえ、そんな劇的な変化は当時は思いもよらなかったことだけど、今振り返ってみてみるとやはり相当な変化だったように思える。
仙台空襲からの復興もあったからね♪

東京オリンピック、東海道新幹線開通、大阪万博・・・
当時の日本はこんなにもイケイケだったんっすな(笑)
ふと「温故知新」って言葉を思い出した。

仙台地図さんぽ(iPhone・テスト版)

カテゴリ:
仙台地図ぶらり開発途中ではあるが「仙台地図さんぽ」のiPhone版をテストさせて頂いてる。
ちょうど100年前(大正元年)発行の仙台市の古地図に現代の地図がピンポイントでリンクしている、いわゆる“地図上タイムマシン”ってとこか。

「今昔散歩」という江戸東京版のアプリがリリースされていてたもんだから、仙台版の開発も心待ちにしていたところだ。


テスト版といえ、マップのリンクは概ね確定している。
古地図上でカーソルして現代地図に切り替えるとほぼピンポイントでヒットする。
写真は青葉区大町“芭蕉の辻”の100年前と現代の様子。

地図の切り替えやピンチ(拡大縮小)・スクロールは小気味いいくらいサクサク動く。
外での使用感もいい。
3G環境でも感覚的にはWi-Fiと変わらない動きをしてくれるのが嬉しいですな。
これまでリリースされていた地図系のアプリは意外と動きがモッサリしているイメージがあったため、これは個人的にかなりの高評価だ。
移動しながらの試用時にGPSの精度が落ちる、もしくはなかなか定まらないのは気になったところか。

実際に使用するシチュエーションは、NAVIのように現代マップを見ながら移動し、ポイント的にここは昔どうなっていたか?…で古地図に切り替える・・・が主な使い方になろう。
ただこのアプリは動きと精度がいいんで、逆に古地図を見ながら今の道を歩く…ってこともできそうだ。
そう考えると100年前のこの地図自体がかなりの精度で描かれているということなんだろう。

今後の開発はどうなるのか見モノだが、古地図上に古い写真や関連資料をリンクする機能があってもいいし、自分なりにその場所をカスタムできるとかインタラクティブな機能があると楽しい♪

いずれこのアプリは仙台市民にとって、かなりなツボアプリになるだろうと思う。
老若男女問わずiPhone持ってるヤツはとりあえず入れとけ!みたいなアプリですなw

カテゴリ:
北の将軍様が死んだ。
…今後の東アジアの情勢は如何に?
いろんな問題を抱えてるいる時にこれだもの…まさに先行き不透明とはこのことだ。
と、いいつつオラたちがああでもないこうでもないと少ない情報の中で想像したって始まらないことだ。

それよりもオラの興味は日本とロシアがどうなっていくのか?
二百三高地と旅順要塞をめぐっての日露の攻防。
バルチック艦隊との大海戦。
今週末、3年に渡って繰り広げられた「坂の上の雲」がいよいよ最終回を迎える。
そっちの方が遥かに興味深いw

意外と日清・日露戦争時代の背景や国際情勢って知らないことが多い。
この辺の事情がしっかり把握できていれば日本が大陸に進出した理由やその後に続く太平洋戦争の背景が見えてくるんじゃなかろうか。
近代化を歩み始めた明治の出来事自体は中学・高校で習ったが、そのこと自体にどういう意味があったのか、関わった人はどんな人なのか・・・まったく知らず知らずで来てしまってる。
「坂の上の雲」知る前は、秋山真之って誰?…でしたもんね(^^;)
最終回を機に少しこの時代を勉強してみようと思う。

知的行動な日曜日〜その3

カテゴリ:
さて3つ目(笑)
同じくメディアテークの1階で開催されている「日本残像」
仙台市民図書館と放送大学附属図書館の所蔵している幕末・明治の古写真展である。
…今日が最終日(^^;)

IMG_0788古写真ってのがストライクですな♪
幕末に日本を訪れていたイギリス人“ベアトさん”って写真家が激動の明治維新を経験しながら日本人の肖像画やら風景やらをバンバン撮ってた写真。
今のオラたちにしてみれば「ベアトさん、メッチャファインプレー!」

よくぞこんなにも撮っててくれた!ってとこでしょうか(笑)
ホント…震災の記録や昨日の8mmフィルムじゃないけど、いかに残していくことが大事なことか!
過去がなければ未来は絶対に存在しないってことだからね。

それにしてもあの時代の写真をこんだけ一挙に見れるってのも凄い!というか圧巻!
歴史好きな人間には良い資料になったし、ますますロマンに思いを馳せられますた♪

地元学〜宮城野区

カテゴリ:
地元学「地元学」みやぎの区民協議会 発行

昨日、“歴民”(仙台市歴史民族資料館)に行った時に買ってきました。
自分の町・地域の歴史…古老が語った声や資料を元に編纂した地域の「地元学」の冊子を区単位で合本版にしたもの。
まさに欲しかった1冊!
昨晩から貪るように読んでましたw

ネットにも地元学的なレポや写真がちょこちょこ出てるけど、やっぱ内容が濃い!
なるほど!の連発だすw
◯◯神社の今昔、〇〇の地名の由来、〇〇の石碑はどうしてあそこにある?、今はない停車場の話、今も続く商屋の話・・・etc
よくもまぁこれだけの話をまとめたもんだと感心します。

国道45号線坂下交差点から原町本通りの“西御城下”の道標までは馬も一苦労するくらいの坂道だったんだってよ!
まさしく坂下だったんだね。
西御城下道標から坂下に下る時は馬車のブレーキが効かず、よくツッコんでそこらじゅう肥桶が散乱したらしい…(><;)クッサ~

そういう話がいっぱい載ってて、マジ面白いっすd(^_^o)

「続・地元学」ってのも発行されてるようで、同じ区でも書ききれなかった地域や新たな解釈を加えた内容らしい。
もちろんこれも必見ですな♪

仙台古地図の旅

カテゴリ:
IMG_0003仙台市歴史民俗資料館 企画展
「仙台 古地図の旅」 を見てきた。

“古地図…”
先ず以てタイトルがいい!
これだけでオラ的にはツボな企画だす♪

江戸・明治から大正・昭和の戦前戦後の仙台市地図。
街並みや道路・鉄道・地名が時代とともに移り変わっていくその様は見比べていてホント飽きませんな。
当時は全くの田畑・荒地だった所が今や空き地探すのが大変だったり、こんなところに駅があったのか…
とか、逆に全く変わってない地名や寺社仏閣の位置にいにしえのロマンを感じてみたりw

仕事の合間にバクッ…と見てきただけなんで、今度は日を改めてじっくり勉強してきます。

いや…それにしても昔、梅田川は“平渡戸川(ひらわたどのかわ)”って名称だったのは知らんかった(@@w

カテゴリ:
思うところあって今日6月3日の歴史を調べてみた(笑)
これまでいろいろ見聞きしたところの記憶に拠るとこの日は意外と事件があったりするんですよね。

・真田幸村が大阪夏の陣で討たれたのもこの日、慶長20年(1615)6月3日。
・黒船に乗ってペリーさんが浦賀にやってきたのも嘉永6年(1853)6月3日。
・1991年6月3日は雲仙普賢岳の大火砕流…20年前の話。
・1989年には中国天安門事件の最中で、3日から武力衝突が激化。
 翌4日には死傷者も出る大事件に発展した。
・今は廃止になったらしいが「ムーミンの日」でもあるらしい。6(ムー)3(ミン)…(笑)
・ベーブ・ルースが現役引退。
・長島三奈ちゃんが誕生日 お〜ミスター(^-^)b
・唐沢寿明(俳優)・長澤まさみ(俳優)・川崎宗則(ソフトバンクホークス)も誕生日


以上、Wikipediaより

細かいこと言ったらもっとあるんだけど切り無いからやめw
ふ〜ん・・・いろいろあんだね(笑)

馬上少年過

カテゴリ:
馬上少年過 馬上少年過
 世平白髪多
 残躯天赦所
 不楽是如何


馬に乗って戦場を駆け巡っていた若い時代は過ぎ去ってしまった。
世の中が平和になって私もすっかり白髪が多くなってしまった。
天が許してくれた老い先短いこの身体(人生)。
楽しまないでどうするのか。

と、政宗の殿が晩年謳った漢詩である。
仙台市博物館にある殿の肖像に記されている。

その漢詩と伊達家の家紋「竹に雀」をあしらった手ぬぐい。
箱根に住んでる妹が横浜に買い物に行ったついでに買って送ってくれた(笑)
殿のファンであるオラのことを想って買ってくれたんだけど、仙台在住の人間に…しかも横浜からこういうモノが届くとは思わなんだ(爆)

んでも意外とオタクだから嬉しかったりして♪
ありがとね〜

信長がやってくる

カテゴリ:
32)恐らく歴史上始まって以来のことだろう。
あの第六天魔王織田信長が仙台にやってくる(笑)

第8回 伊勢志摩・紀州展&名古屋うみゃーもんまつり
■1月6日(木)〜12日(水) <最終日 午後5時まで>
■藤崎本館7階 催事場

多分、武将ブームのさきがけじゃないかな…?
名古屋のおもてなし武将隊は…。
織田信長・豊臣秀吉・徳川家康・前田利家・加藤清正・前田慶次・・・
まさに日本の武将を代表する錚々たるメンバーだ!(笑)
これらの方たちがほぼ固まって出自したってんだから場所的にも歴史的にもとんでもないところですな、名古屋って(笑)

んでもって伊達武将隊との絡みもあるってんですから、仙台ではちょっとした話題にはなるでしょうな。
おっかけ歴女もわんさかだヮ…こりゃ(爆)

政宗の殿・・・
秀吉に首根っこをビシッ!とされんだべか…?(^^;)

龍馬伝 人物考「溝渕広之丞」

カテゴリ:
まだ昨日の「龍馬伝」最終回の影響がビミョーに残っている状態だけど、バトーさんのように個人的推論に則って大河ドラマ「龍馬伝」人物伝を書いてみようと思う。
場合によっては演じた役者さんやファンの方には失礼なことを書くかもしれんけど、全くもってオラ個人の一方的な受け止め方・感じ方なので予めご承知おき願いたい。

tumblr_l4bvs3hjW81qzes2zo1_400最初はこの方。
溝渕広之丞=ピエール瀧
なんで?…と思うかもしれんけど、この方…まさにオラのツボキャラでした(笑)
ある意味、弥太郎より笑ったかも(爆)
天然というか土佐の田舎もんというかいじめられ役というか、とにかくその行動や言動が自然な笑いを引き出してくれる憎めないいいキャラクターだったすな♪

本来…こんな感じの役は大泉洋さんが適任だったような気もするが、彼は近藤長次郎さん役で意外と重要なパートを演じられたもんでね…。
第1部…千葉道場に修行に行っていた龍馬と藩邸で一緒に生活していた時はそこそこ出番もあったんだけど、2部3部とご無沙汰しちゃって、第4部で長崎土佐商会の人間として復活。密かに「溝渕さんキターーーーー!」と叫んだものでした(笑)
第2部の1話・・・脱藩してワイルドになった龍馬と京都で再開。
「だ…脱糞?!」のボキャブラにはしばらく笑い転げてましたヮ(爆)

この方、維新後はどうなったんでしょうね?
多少マイナー系の人だけにどこまで探れるか…ってとこでしょうけど、後でしっかり調べてみたいと思います(^-^)v

このページのトップヘ

見出し画像
×