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歴史人僕らが中学校・高校で習ってきた日本の歴史。
ここ最近の研究や新たな事実の発見によって、習ってきたこととは違う歴史になりつつある…ものもあるw
武田信玄のあのいかつい肖像画だったり、足利尊氏・源頼朝だと言われてきた肖像画も実は本人ではないかもしれんという。
聖徳太子も実は存在しなかったのではないか…という話さえあるw
こりゃもうタイムマシンしか事実は語られんですな。


後世伝えられてきた歴史とは、勝者側から見た理屈によって語られた事実が正史となる。
勝者の正当性を後世に伝えんがため、敗者は余計にその非を強調されて語られる。

石田三成は伝えられてるほど自分勝手だったのだろうか?
太閤殿下の庇護の元、その威を買って諸将に横柄な態度で接したがため関ヶ原では裏切りが相次いだ…とも言われている。

事実は確かにそうなのであろうが、これは徳川方が書いた正史とされている「徳川実記」による話。
徳川の大義名分が立つよう書かれた“曲げられた事実”とも言われている。

恐らく、これまで伝えられてきた歴史・習ってきた歴史とはそういうことで、去年の大河ドラマ「八重の桜」でも会津側から見た幕末・明治維新はこれまでとは違った視点で表現されていた。
負けた側から見れば、あんなに辛く悲しく忘れることができないくらいの憎悪が後々まで語られるのに対して、新政府側の「それいけバンザイ」とは真逆の真実だ。

これまでの正史が全部嘘か?…ということではない。
勝者・敗者、勢力の優越に囚われることなく客観視した事実を語らなければならない。

↑の「歴史人」の特集は“敗者の戦国史”
敗者側から見たこれもまた真実の歴史である。
読むと「そんなことがあったのか!」と、これまでの正史を覆すような事実に驚愕する。

本能寺の変・・・
明智光秀が信長を討ったクーデター。
今もって謎の多い事件であるが、昨年、光秀の子孫が新たな真実と証拠を研究した本を発表したのが話題になった。
※「本能寺の変 431年目の真実」明智憲三郎 著

それによると、実は本能寺は信長と光秀が共謀して“家康”を暗殺する場所であったと。
これまで家康は事件の被害者側、信長の良き理解者・同盟者として描かれてきていただけに寝耳に水の話だ。
詳細は憲三郎氏の著作や“歴史人”を参照してもらうとして詳しくは書かないが、そもそも光秀は信長に謀反する計画はあったらしい。その上でその策謀を光秀は家康にばらしてしまう。ばらして家康をクーデターの協力者に仕立てた。
要するにバカを見たのは信長だった…という話。
家康暗殺の動機だとか信長がなぜ少ない手勢で本能寺にいたのか、その後の光秀の行動なんかは著作を読むと案外辻褄が合うのもなかなかうなずけるw

昔から「歴史のif…」は想像力を掻き立てられるものだが、もしかするとifが本当の真実だったのかもしれない。
これまで語られてこなかった反対側からの歴史を改めて考え見直してみると、嫌いだった武将も好きになってしまうこともあるかもねw