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PC033067今日一番のひろうき的ビックリニュースはこれ。
「小次郎は生きていた」

小次郎=伊達小次郎政道のことで幼名“竺丸”
伊達政宗の実弟である。

東京あきる野市にある大悲願寺の第15代住職の法印秀雄が小次郎であるという。

正史「貞山公治家記録」によればこの小次郎、兄政宗によって殺害されたとされている。
秀吉の小田原征伐への参陣が遅れたため遅参した罪で政宗は切腹、伊達家は取り潰し…となる公算が大きかったため、実母“お東の方”義姫が秘密裏に政宗を毒殺し家督を弟の小次郎に譲って秀吉に恭順しようという家中の動きがあった。
幸い毒殺は未遂に終わったが、家中が分断したまでで小田原参陣はできない。
反政宗一派を封じ込めるために当の本人“小次郎”を殺害して恭順派の思惑を断ち切ろうとした政宗の行動が一般的な正史となっている。

「赦せ小次郎…母の代わりにそなたを討ったのじゃ…!」
大河ドラマ「独眼竜政宗」でもこのシーンは渡辺謙さんの迫真の演技が光ってましたな♪

この小次郎生存説は水面下では意外と“ある”話で、今回資料を再発見して生存の事実を確信したという佐藤先生。
元仙台市博物館の館長さんで、著者「政宗の手紙」など政宗の研究に関しては第一人者である。
命懸けの秀吉との対面を前に、血統を絶やす実弟の殺害は考えにくい。伊達家の混乱を防ぐため政宗と義姫が申し合わせて小次郎をかくまったのではないか
実際、小田原参陣後や朝鮮出兵後にも“主犯である”母義姫とは手紙のやり取りや同居もしている事実があることを考えれば、生存説のツジツマも合ってくる。

そういえば漫画「花の慶次」でも小次郎は出家して坊さんになる…というストーリーでしたなw

歴史…ってのは時代が進んでその研究がどんどん進んでいくと、新発見やこれまでの事実が実は全く違っていた…なんてこともようようにしてあることで、今回のことも“殺された”から“生きていた”なんていう真逆の真説になりうるかもしれん発見だったりする。
常に正史が正しいとは限らんのですなw

そう考えると、とーちゃんである“輝宗さん”も畠山に囚われた時、政宗が苦渋の決断で父諸共相手に鉄砲を撃ちかけ父をも殺してしまった…って話もマユツバに思えてくるw
いくら戦国の世だからと言って、実の父や弟を殺したりするもんだろか?

百聞は一見に如かず…やっぱ誰かタイムマシーン作ってくんねがな…(笑)